第118回 山崎隆弘 5     

二三代さんがご法座に参加するようになり、信先生、瀧山さんなどは、これは奥さんの方が先に聞くのではと言っていたそうです。周りもそのような雰囲気となり、座談では二三代さんにお勧めをします。ここで偉かったのは「いえ、主人がまだ聞いていませんので」と遠慮したそうです。

こちらは、自分が聞かせてもらってから家族に勧めようと姑息なことを考えていたのが、尻に火がつきます。S会時代から聴聞中にお腹のあたりが苦しくなっていましたが、ますます激しくなってきます。ご同行に相談すると、聞かせていただくと無くなるとも伺います。

日高の早田節子さん宅に泊めて頂いたとき、増井悟朗先生の座談では先生の真正面に坐りなさいと言われました。2009年11月22日(土曜日)、華光大会3日目、最後の座談会前に、今まで求道してきたけれども、百座、満座重ねてもこれは聞けないなと、思えてきました。聴聞さえ続けていればいつかは聞けると思っていましたが、何度繰り返しても同じことだと思えました。

分級座談会では長年求めてきたおじいさんが、頑なに自分の信心はこれで間違いないと頑張ってます。これは過去世の自分の姿だ!と思い知らされます。自分の番となり、悟朗先生に「これまで求道してきましたけれども、自分には聞けません。申し訳ありません」と謝りました。先生は「何も胸に響かんな」と冷たいご対応です。横に座っていた二三代さんが、私の背中を叩いて「前に出らんね」とささやきます。

ふと、見ると悟朗先生は、節代さんが言われていたように真正面に座っておられます。初めて先生の前に出てご示談を受け、悟朗先生の後ろに掛かっている御名号に「南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」と称えます。

悟朗先生は、私の耳元で大きな声で、「君のその口から出ている念仏が阿弥陀様の喚び声やないか!」と仰いました。「あっ、そうか!」と知らされました。覚如上人『執持鈔』の「平生のとき善知識の言葉の下に帰命の一念を発得せば、そのときをもつて娑婆の終わり、臨終と思うべし」を身をもって体験させて頂きました。

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