第111回 柳原富子さん 下

富子さんのお母さんは、臨終に、仏法のお話をします。普通の臨終説法の逆です。富子さんから頂いたお手紙からの引用です。

「われは明日かえる親様のところに、この世はかなしい、おれは川原の枯れススキ、同じお前も枯れススキ、どうせ2人は、この世では、花の咲かない枯れススキ、お前は、親を忘れても、親はお前を忘れはせぬぞと伝えるなり、息を引き取りました。それから私は、仏法を心に聞き念仏に会わせてもらっています」。

あ~、お母ちゃんに聞かせてもらったな~と喜びます。そのことを旧華光会館の階段のところで、悟朗先生の着物の袖をつかんで「南無阿弥陀仏、先生、ありがとうございます!」とお礼を申し上げます。そうせずにはおれませんでした。先生は手をとって喜んでくれました。

広島の聞法旅行のときに、悟朗先生から「何か質問はありませんか?」ときかれ、柳原さんはそこで、「如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして、回向を首としたまひて、大悲心をば成就せり、が胸にグサッと当たりました。仏様に会わせて頂きました」とお応えします。江原での聞法旅行のときにもいろいろと不思議なことが出てビックリします。

柳原さんは、現在、ご病気で手足が痛み、震えがあって、言葉もなかなか思っているように言えないとのことですが、今回、電話でのインタビューを受けて下さいました。その後には、ご丁寧なお手紙を頂きました。

お手紙には「耳も遠くなり、不自由な身となりましたが、つらいことではなく、いっそうに、お念仏を聞かせてもらうためと思っています」とのことです。

お電話でも、念仏を聞かせてもらえて、称えさせてもらえて幸せやな~、ほんまやったな~と、仰っておられました。

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