VOL.131 生死出ずべき道 第11回 一人四婦 その4

次に第三の婦人は「第三婦者、時に共に会い現れる」で時には共に一緒になり「数、相存す」で、消息を尋ねることもあるというので、いつも一緒にいる訳ではありません。「苦き、甘きを問い意の恣いまま」と苦いか、甘いかを問うて、心の欲しいままにしてあげることもあるけれども、「窮困し痩せ極て便ち相患厭(えんげん. 厭いきらうこと)す」と、困窮して痩せ衰えて、お互いに「患い(わずらい)」と「厭(えん)」の意味を組み合わせると、病気や体調不良に苦しみ、いやがる様子を表しています。「患い或は相遠離し」で、患ってあるいはお互いに遠くに離れ、「適に(適切に)相い思念す」とかなえばお互いに、仲つまじくなる、仲良くなるですから、時と場合によっては、仲が良かったり、悪かったりしています。

最後に第四の婦人は、「第四婦者、主に給(きゅう)に使い令む」と、いろいろと用事をいいつけて、使い倒します。「趣に走りて務を作して諸の劇難(げきなん)に苦しむ」で、急がして走らせます。作業をなして、様々な「劇難」ですから、激しい困難に苦しみます。「輒ち(すなわち)往いて之を応ずて、問わず」で、そのたびことにさせて、それ応じて特に何も言わない。婦人を使い倒していますね。「亦た、語を与えず」と、また、それに対して特に言葉を特にかけません。「希に護視に於いて不在は意の中に」とあって、稀に見ることはあっても、いつも心の中では第四婦人のことは頭にありません。

この第一、第二、第三、第四の婦人を夫は持っていました。しかし、「此四婦夫(このしふのおっと)、一旦、死ぬ事有り」とこの四婦人の夫が、一旦、とうとう、死ぬこととなりました。「遠に従去当(去るべし)」、遠くに去って行かなければなりません。そこで夫は「便ち第一婦を呼びて、汝、当に我が去るに隨え」と頼みます。即座に第一夫人を呼んで、お前は、まさに私が去っていくにあたって、一緒についてきてくれと頼みます。

ところが、第一夫人の応えは、「第一婦、報て言わく。我、卿に隨不わず」です。私は、あなたについて行きませんと言います。「婿言う」、婿は言います。「これ重く愛し、比べ有る無し」、私はお前のことを最も重く愛し、他の第二、第三、第四と比べることができないくらい大切にしてきた。「大きくも小さくも、多くも少すくなくも、常に汝の旨に順う。」、大きくても小さくても、多くても少なくても、お前の思うがままにさせてきた。「育し汝を護ること汝の意を失わず」育て、お前を守ることにおいてお前の意に背いたことはない。「那(なん)ぞ相い隨わずと爲す」、どうしてわたしと一緒についていってくれないのかと尋ねます。「婦言う」第一夫人は言います。「卿、愛し重くと雖も我れが我終り(おわり)相隨うこと能わず」、あなたは私もとても大事に愛してくれました。けれども、私は、あなたが死ぬに当たって、死出の旅路にあなたについていくことはできませんとつれない返事です。「その夫、便ち恨んで去る」、夫はガッカリにして第一夫人を恨んで去ります。

次に「第二婦を呼び」と第二夫人を呼びます。「汝、当に我が去るに隨え」と、私が去るに当たって一緒に行ってくれと頼みます。しかし、「第二婦、報えて言く」、第二夫人は、それに応えていいます。「卿、重く愛する所、第一婦、尚卿に隨わざる」、あなたが重く愛していた第一夫人でさえ、なおあなたと一緒に行かないではないですか。なので「我、亦終に、相い隨わず」、私もまた、あなたに相い従っていくことはありません。「聟、言く。我、始め汝を求む時、勤苦言う可からず」と、婿殿言います。始めにお前を求めた時、苦しみは大変なものだった。「寒さに觸れ、暑さに逢い、飢えを忍び、渇(かわき)を忍ぶ」、寒さに震えて、暑さに照らされ、飢えているのを我慢し、ノドが乾いたのを耐えた。「又、更に水火、官を縣けて、盜賊、人と共に争う」と、また更に、水や火に忍び、地位、名誉をかけて、盗賊や人と共に争ってまで獲得したものだ。なのに「那(なん)ぞ相い隨わずと爲す」、どうして、お前は一緒に行ってくれないのか。「婦言く、卿、自ら貪り利強く求めるは我の為」と、第二夫人はいいます。あなたが自ら貪って、利益を求めたのはあなた自身のためであり、あなたの勝手です。「我、卿に求めず」、私はあなたに求めて下さいと頼んだ覚えはありません。「何の爲に勤苦を持し相い語る耶」と、それなのに何のために苦しみを持ちだして、一緒に行ってくれなど言うのですか?とつれない返事です。「夫、便て恨みて去る」、夫はすなわち第二夫人を恨んで去ります。

(つづく)

(令和7年5月5日 華光会永代経での法話より)

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