第62回 岩城明子さん

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横浜市在住の岩城明子さんです。出身は安芸門徒の広島です。小さい頃から、祖父母宅で月に1度、家庭法座が開かれていました。中高一貫の広島女学院に入ります。実家を出て、祖父母のところに下宿して家庭法座の手伝いをしていました。

学校では卓球部に入り、部長で同級生の久保裕子さんと出会います。社会人となり結婚もした頃、裕子さんから華光会の仏青の案内や、華光誌が送られてくるようになりました。裕子さんの呼びかけにより、1998年9月に卓球部合宿として華光会館に集まります。2000年9月の2回目の合宿には明子さんだけの参加で、裕子さんとタップリお話をします。

裕子さんからつめて聞いた方がいいとのアドバイスにより、翌年2月仏青、3月東京と宿泊法座に参加します。悟朗先生の『親指のふし』を読んで、もともと仏教に熱心だった姉の智子さんにプレゼントし、姉妹で聞法の道を進んでいくことになります。

そして、その年の4月の永代経2泊3日に参加します。初日の信先生の座談では積極的に自分の心境を述べますが「都合のいい解釈」と切り捨てられます。2日目の夜の悟朗先生のご法話で、南無阿弥陀仏を作り上げた阿弥陀様のご苦労を聞かされ、先生が阿弥陀仏に見え、涙が止まりません。

その後の信先生の座談で「もう一人の冷静な自分が邪魔をする、私は役者です」と訴えると「そんな明ちゃんがお目当てなんや。十功の昔から待ってくれてはるんや!」と言われ、苦しくて泣き崩れます。「お念仏の中に飛び込んでいき!」との仰せに、念仏を称えると、風呂の釜からボコボコを湧き上がるような念仏が溢れてきました。

懇親会では、悟朗先生とも握手をしてもらい舞い上がります。裕子さんからは簡単に頂いた人は信後の聴聞が大事と聞かされ、それから20年近く華光会の法座にはほぼ参加しています。

2年前の夏には福岡の家庭法座に姉妹で参加し、その秋にはお兄さんが急死されました。昨年は一周忌とお父さんの三周忌を勤められ、12月には明子さんがかつて下宿していた広島駅前のお家での法座を開かれました。、私と二三代さんの二人で法話をさせて頂いたのも何かのご縁でしょう。

家は取り壊すとのことで、何でも持って帰っていいと言われ、「唯仏是真」の額を頂きました。自宅の仏間に飾っています。明子さんの現在の心境は「ただただ聞く耳をいただいたことが大きな幸せです」とのことです。

2020年8月

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