第30回 舟本賢也さん

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飛騨高山の舟本賢也さんです。華光会では、瀧山さんと並んで、ケンタッキーコンビと称します。ご同行の双璧です。賢也さんは、親戚一同が熱心な真宗門徒で、20代後半から仏書を読んでいました。おばさんの東悦子さんから増井悟朗先生の『念仏の雄叫び』を紹介され、衝撃を受けます。読みふけるほどに後生に対する不安が広がってきます。

1995年、華光会館建て替えのときに、壮年の集いが地元高山で開催されました。高山の民宿で座談では「ぜんぜんあかんなー」と言われ反発します。祖母からも、母からも勧められますが、とうとう爆発して「仏法なんか聞かん!」と自分の部屋に籠もり、ベッドに潜り込んでしまいました。

求めているものは何だったのか、反発の心しかないことに気づきます。他の人は獲信できても、オレは獲信できんと心底思います。しかし、仏法は大事、獲信できんけど、聞くことはできる。ただ聞いていこう、自分にできることはそれだけだと思うと、気持ちがスーッと軽くなりました。

それまで法座では居心地が悪かったのが、年明けての報恩講では、法話もスンナリと入ってきて、座談でも発言ができる。獲信にこだわりがなくなりました。松岡宗淳先生から「それは自力が捨てさせられてんやね」と言われます。

次の日の仕事中に自問自答します。南無阿弥陀仏とはお前を救うことや、頂くことは聞くとや、南無阿弥陀仏は今聞いとるんや、今までも聞いてきたんや。アレッ? 何や、こんなことやったんかと、じわじわと喜びがでて、念仏が飛び出してきます。昼休みに吹雪のなかを、傘をさして「南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」と念仏します。

そのお味わいを母親の民子さんに毎晩2時まで話し込みます。とうとう3日目には、もう判ったから寝させてくれとお願いされてしまいました。私にとって畏敬のご同行です。

2017年12月

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