妙好人列伝は早くも第25回目です。第1回は2年前に増井悟朗先生に登場して頂き、翌月8月に90才で往生されました。「現代に生きる」にギリギリ間に合いました。今回は兵庫県豊岡市の田村直子さんです。お父さんの隅田庄司さんは、悟朗先生からのご教化により、剛信な方だったそうです。
11才の時に、華光会の子ども大会で、地獄のスライドを見せられ、これは困ったことになったと感じます。海水浴での死亡事故を目の当たりにして、これは何とかしなくては、と思います。中学3年までは、毎年子ども大会に参加しますが、高校生になると受験もあり、疎遠になってきます。そして、地元の但馬信用金庫に就職します。
当時は、信心が欲しい欲しいの「信心決定病」になり、20才で信心決定の予定でした。そううまいことはいかず、22才で職場結婚します。華光会館に行かせてもらうことを結婚の条件としますが、だんだんと出にくくなり、行かなくなってしまいます。
ご法座にご無沙汰となり、47才のとき、お父さんからご主人に「華光大会に行かせてやってくれ」と頼まれます。お父さんの運転手として参加します。座談で「念仏を称えなさい」を言われても、ニセはイヤだと称えません。それでも「念仏は難しくない」「もう、あなた死になさいよ」とも言われます。そこで、エイッと飛び込んだら、今度は念仏が止まらない。悟朗先生は「ありがとう。聞いてくれてありがとう」と何度も言われ、「誰かお父さんを呼んできてくれ。直ちゃんの念仏がとまらへんで」となりました。
それまでは、どうしたらいいかと、あーでもない、こーでもないと、違うところばかり見ていました。求め心は頂きもので、聞かしてもらうだけでした。そこを何とかしようとリキんでいただけでした。お父様もどんなにか嬉しかっただろうと思います。
2017年7月