VOL.138 生死出づべき道 第18回 庄松同行 その4

さて、庄松さんの話に戻しますと、ご門主は喜ばれ、「お前は正直な男じゃ、今日は兄弟の杯をするずよ」と召使いの者を呼び、お酒を取り寄せご門主のお酌で、ご馳走になります。それ以降、ご門主の御前に通られるようになります。しかし、この世のことはすぐに忘れるのが常で、そのいわれを書いて庄松の腰にくくりつけて帰国させます。

その後、上京の度にオレの行くところは何所じゃ何所じゃと呼びます。それを見つけた者は、直ぐにご門主の御前に案内してくれます。地元の同行は、庄松にお布施をあずけたら直接にご門主にとどくということで、これは誰からと、これは誰からと、庄松が上京するときは、庄松さんの腰に一つづつくくりつけます。庄松さんは銭の勘定を知らないので、ご門主の御前にでると、腰につけたお金を一つづつ出して。アニキこれも1貫、これも1貫といくらあっても1貫、1貫というて差し上げます。1貫は寿司の数え方ですね。一生の間、ご門主をアニキ以外で呼んだことがなかったそうです。

ある人が京都から出張してきた有名な僧侶の説教を聴聞して、非常に感じ入り独り言で「今日のお説法はいかにも有り難かった。日頃の邪見のツノが落ちた」と独り言を言うと、庄松さんがそばにいて「また生えぬがよいがのう、ツノがあるままと聞こえなんだか」と言われました。自分の本当の姿、貪欲・瞋恚・愚痴にまみれた姿を知らせて頂くのが聴聞です。ですが、罪業、罪をなくして来いとは仰っていません。そのままで阿弥陀様の喚び声を聞かせて頂きます。凡夫の頭で分かることではなく、目覚めさせて頂かなければなりません。庄松さんはお金の勘定も出来なかったというから、頭だけでいったら皆さんの方が優秀です。如来の本願力にまかせたかどうかです。聞けないヤツだった、信じることができるようなヤツではなかったと知れたときに、阿弥陀様の喚び声に出会います。機をたのむ心がなくなったときが自力が廃ったときです。

阿弥陀仏の本願は四十八願あります。そのうち、王本願と喚ばれるのが第十八願です。必ず救うと誓われたのが第十八願です。その第十八願のお心を一言で聞かせて下され言われ、庄松さんは「親から下されるを戴々(たいたい)したこころじゃ」と言われます。たいとは戴くという字を使っています。いただくということです。「頂戴します」にこの字を使います。阿弥陀様から信心を頂く、頂戴するだけです。なので自分で信心を起こすのではありません。自分の信じごころを足すとそれは自力になってしまいます。

妙好人といえば、私は生前にご縁がありませんでしたが、華光会では随一の妙好人として、黒河達児さんのお名前をよくきいていました。今でも、座談のときには、懐かしそうに黒河さんのことをお話になる方がおられます。黒河さんは私が華光会と御縁があった2007年の2年前に往生されていますので、御縁がありませんでした。ただ黒河さんが月2回発行されていた支部『親聞』というのがあります。当初は京都支部員に向けての親聞ということでしたが、有縁の方に郵便代を送って貰えれば郵送されていたそうです。『親聞』とは通常の新聞という字ではなく、親の声を聞くの親聞です。それを最初から最後までを編集され一冊の本として『釈聞名』として華光の会場で販売されていました。当時は、私は求道中で余裕がありませんし、黒河さんの存在を知りませんでしたので、買っていませんでした。

今年7月の壮年の集い、65才までが参加資格がある集いですが、今年高齢者となりましたので、最後の卒業の年度に当たるため、同じ歳の田村直子さんから誘われて司会の役割をもらって参加しました。兵庫県相生市の浄栄寺さんが会場で、途中、夜の座だけ近くの法林寺さんにお参りするという流れでした。休み時間に本棚を見ると、なんと『釈聞名』が2冊並んでいます。坊守の三輪利加さんにこれは売り物ですか?と聞くと販売していますということで、2千円で求めました。

つづく

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