第76回 杉浦恵子さん 下

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

息子さんから親が獲信すれば聴くと言われ、まずは自分からと思います。華光会にご縁があってから1年程経過した頃から、周りから獲信者扱いされるようになっていました。恵子さん自身はいい加減なことを言わないでと反発します。

しかし、お聖教を読むとわかります。あれ?信を頂いた?と思えてきます。S会では「絶対に変わらない、絶対の幸福の身になれる」と聞かされ続けてきたので、極楽往生できる確信がハッキリあり、24時間有り難い気持ちが続くと思い込んでいました。

長男は美大を卒業しますが、荒れていました。東京に下宿しているので、愛知から電話して、自分は信後ではないけれどもと思いながらも念仏を勧めます。息子は不安でグチャグチャになっています。「確かなものは南無阿弥陀仏だけよ」「イヤだ。世界中の人が救われてもオレは救われん」。

心配で東京に行きます。下宿で待っていると夜遅く帰ってきました。息子さんは立ったまま阿弥陀仏への怒りをぶつけます。「家族を無茶苦茶にしたのは阿弥陀仏だ!家族の誰も救われていない」と憎しみをぶつけます。天井に向かって「阿弥陀仏出てこい!」と叫んでいます。「念仏称えなさい」「イヤだ」

息子が「オレをこんなに苦しませて!」と言うので、「阿弥陀仏も一緒に苦しんでおられるやん」と言い返すと、ヘナヘナと椅子に座り込んでしまいます。

なんだ、そういうことだったのかと今まで聞いてきたことが1本の線でつながりました。心が一面焼け野原に、想いが燃やされ、そこに南無阿弥陀仏の旗が残っています。「この子は私と一緒じゃ!」。それから夜中の12時から朝の5時まで二人で穏やかに話しました。話すことが全部一緒です。

世界中が光に満ちています。一味とはこういうことか! 息子が回心したので、自分が回心していたことがわかりました。朝に「帰るね」と愛知に戻ります。帰って東京に電話してみると「念仏がとまらない!」とのことです。目に物を見せつけられました。

2021年10月号

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*