第53回 松林由美子さん

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ご主人が転勤族のため、現在は埼玉県三郷市在住の松林さんです。ご主人の祖父は愛知県の元徳寺(本願寺派)のご住職でした。脳梗塞で倒れ、お寺は休止状態となっていました。

由美子さんが嫁入りして1年後に祖父がお亡くなりになりました。お寺の境内に自宅を建てていた関係で、由美子さんが得度をして、お寺を残すようにします。そのため、由美子さん自身が本願寺派の中央仏教学院の通信を受け始めました。浄土真宗も親鸞聖人も知らないなかでの受講です。1年目のスクーリングで同じ参加者の久保裕子さんから「華光誌」を手渡されます。

翌年、2年目のスクーリングでも裕子さんに会い、二人でお茶を飲んだときに、自分の話しを聞いてもらい、裕子さんからは華光会のことを聞きます。それがご縁で、増井悟朗先生のお話を聞くようになります。これは本当のことを言っていると感じます。名古屋のご同行と、裕子さん含め3人でお茶をした時には、仏教の話はなくてとても楽しく、名古屋の家庭法座に家族で参加しました。

更に、飛騨高山の法座に参加し、東勝廣さん、舟本賢也さんからお勧めされます。これは聞いていかないといかんと決めます。その年の華光大会に、息子さんと参加しました。この法座だけは正座してちゃんと聞こうと思っても、何にもできない、「聞かれへん、聞かれへん」となってしまいます。ご同行の黒河達児さんから「阿弥陀様は何も条件をつけておられませんよ」と言われます。

悟朗先生の分級に入り「阿弥陀様に飛び込むんや」とお勧めされていました。他の人に対してのお勧めでしたが、自分に言われている!と思った瞬間、座談の真ん中に飛び込みました。すると、ドンドン頭から真っ逆さまに堕ちて行く。するとその瞬間、阿弥陀様が現れ、ギュッと抱きしめて離しません。泣きながら念仏が止まりません。「そんなんや、自力はいらんねんやった、そうやった!」と嬉しくて嬉しくて飛び上がりました。

これが、今から20年ほど前のことです。私が求めてだした12年前は、由美子さんは厳しいご同行で、当時は、できるだけ分級が一緒にならないように避けていました。今では、5年程前にうちの家庭法座に参加して頂き、今回は、華光会館での懇親会後に、宿泊場所の聞法会館でインタビューさせてもらいました。

2019年11月

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