VOL.139 生死出づべき道 第19回 庄松同行 その5

増井悟朗先生は『釈聞名』の序分で黒河さんが「華光会を知った因縁については思い出せない」と書かれていますが、黒河さんの奥様のあとがきには、満州から戦後、19才で帰国し、お寺の奥さんから高森さんを紹介してもらい手紙をだしたそうです。その返事に「京都に増井悟朗先生がおられるから、訪ねてみなさい」と書いてあります。その当時、悟朗先生はアイスキャンディー屋さんもされていた頃です。溶けてゆくかき氷を前にして法を説かれたそうです。法を本格的に聞き出すようになってからは、一生懸命になり、いつも頭をたれて「わからん、わからん」の毎日でした。朝、弁当を持って会社に行っても、会社にも行かず祇園の円山公園で一日を過ごすことも何度かありました。黒河さんがお勤めだった会社は島津製作所です。社員の田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞したことで有名な会社です。黒河さんは、会社の役をもつと法を聞けないと、41年間、平社員で通しています。

その『釈聞名』のなかで黒河さんは「私が気張って聞けるのではない。親が気張って御苦労してくださったことを、有難うございましたと聞かされるのである」と書かています。私が頑張る必要はありません。頑張れば頑張るほど、阿弥陀様の本願を邪魔することになります。この気張る自力が抜けずに苦しみますが、聞かされてみれば簡単なことです。自力が廃るとは、自分は助かる縁手がかりがないもの、地獄一定と知らされることです。自分がまだ助かりたいと願っているから、助かると思っているから、自力で頑張っているだけです。自分が頑張るということは、法蔵菩薩様の御苦労が足りなかったとして、自分の自力を足していく心です。親、阿弥陀様が五劫の思惟と兆載永劫の修行してくさったことを、ありがとうございましたと、南無阿弥陀仏と聞かされるだけです。

私の実感としては、何年聞いても、何座重ねてもこれは聞けないなと不思議にそのことが思えてきました。その直後の悟朗先生の座談で聞かせて頂きました。阿弥陀様に降参することです。聞けない方は、阿弥陀様と知恵比べしているようなものです。本当は比べものにもならないのに、阿弥陀様の頭の上でなんとか、かんとかとかんとか計らっています。

また「仏法は、聞くものではない。聞かされる世界である。聞かされるものをいただこう、聞くのは自力、聞かされるのが他力」と書かれています。自分の聞くが入ると自力になってしまいます。弥陀の勅命は、阿弥陀様の呼び切りです。喚び声が貫かれます。庄松さんは「浄土参りはおらの話より如来さんの喚び声を聞け」といわれています。如来さんの喚び声とは南無阿弥陀仏の称名、名を称えることです。

私がこの度、病気で倒れた日の金山さんの仏教勉強会では「如来よりたまわりたる信心」のお話でした。全分他力です。全て他力で信心を頂くだけです。それと真逆が善し悪しです。親鸞聖人は「善悪のふたつ、総じてもつて存知せざるなり」と仰っています。全ての迷いは自分が善い人と思うことから出てきます。自分が善人とカンカンに信じているから、当然に相手は悪いとなって、そうなるとケンカになります。よくあの人は絶対許せんなどと言ったりしますが、お互い凡夫同士ですから、間違いはあるでしょう。お互い様です。

私は仏法を聞かせて頂いていますので、私が一番の悪人であることを知らされています。本願からも外れるような極悪人です。本願の「唯除」は私のためのお言葉です。逆に自分が一番、悪いと認識していると、世間的にも不思議と生き易くなります。世の中が悪い、あの人が悪いといいますが、自分が一番悪いのですから、私さえ本性をださなければいいのです。今は、世の中のとんでもない仕組みが明らかになりつつあります。どんな状況になれば、何でもしでかすヤツです。

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