第55回 山津穣さん 下

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求めだして数年経っても状況は変わりません。座談会にも慣れて人には言えるようにもなってきます。充分に聞いているだろう、自分を聞かせて頂いた立場に立ったらどうだろうか?と、かかわってみます。

しかし、やってみても不安になってきて、自分が押しつぶされそうになり、やっぱりダメかと思います。自分は未信という変な自信が出てきます。そうこうしているうちに、ご縁があってから7年経過します。全てが回向されたものと気付きません。頑張れば聞き抜けると、自分のものを足さなければならないと思います。信心が欲しいという思いが、聞法の原動力と思っていました。力んでばかりいました。自分が求めていると思っていたものと、阿弥陀如来が与えようとされているものが違うのではないかと思えてきます。

そんなある時、信じる心も阿弥陀如来が用意されていた。私と如来様しかいない。この私が願われていた、これで充分だと思え、救われることも、後生もどうなってもいいと思えてきます。力の入れようがない。何の役にも立たない自分の妄想と戦っていたと感じました。

大事なことは何も聞いていない。自分には何もありませんでした。信先生から「もういいでしょう」と言われ、「はい、いいです」と答えます。ズーッとスカをつかまえたくなかった。ハッキリしたのもが欲しかった。そういう思いがとれ、肩の力が抜けてしまいました。

これが2年前のことです。文章に書くとこれだけのことですが、それからの山津さんの言動、特に座談での発言は、明らかに以前とは異なります。

同じ分級に参加していた二三代さんから山津さんのことを聞いて、昼食時に3人で祝杯を上げました。途中で、自分は聞かせてもらったと手を挙げずに、7年間、ズーッと聴聞、座談、懇親会に出続けた結果のことで、尊いことでした。

2020年1月

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