第54回 山津穣さん 上

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名古屋でソフトウェア開発会社を経営する山津穣(ゆたか)さんです。私と同じ昭和35年生まれです。幼少より母子家庭で育ち、実家は真宗大谷派です。大学受験で一浪目は自宅で勉強し、二浪目は進学塾に通い、名古屋大学に入学します。

1年生の後期に「人生の目的を考えたことありますか」と問われ、S会の歎異鈔研究会に入ります。因果の道理を聞かされ、死んだら地獄行きと知らされます。専任講師を目指し講師学院に入ります。しかし、自分に求められるような道ではないと感じ、学院を辞め、S会も退会します。

退会して3年後の28才の時に会社を設立し、世間的には成功します。後生の解決には挫折し、いつかは求め直さなければと思います。離婚して2度目の結婚後、夜中まで飲み歩き、罪滅ぼしで土日は家から一歩もでませんでした。ネット上で、S会への批判記事を見つけます。S会が間違っているとは微塵も思っていなかったので、数年間ウォッチしていました。

批判が本当かもしれない、それがだんだんと確信に変わっていきました。『仏敵』を読み、華光会の法座案内を受け取ります。2度目の妻から離婚してくれと言われ、土日の拘束が外れ、これで華光大会に参加できると思います。

2009年秋に初めて華光会館に行き、いきなり水谷さんから「あんたチャラいね」と言われてしまいます。思ったことは何でも言ってもいい雰囲気です。本当の中味は隠して、ほどほどに自分のことを出します。けれども誰も驚かない、自分と同じような極悪人に囲まれて、本当のことを言っていいところだと思います。

ただ、信心はハッキリしません。1年間くらい聞けばなんとかなると思っていましたが、後から来た人が信心を得ていきます。自分一人が取り残されているように感じます。座談会で、だんだんと周りから何も言われなくなるようになってしまいました。

2019年12月

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