第52回 里明彦さん 下

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両親の介護に疲れ果てて、母親に施設に入ってもらいます。ところが施設でパンを喉につまらせ、お亡くなりになります。その2ヶ月後には父親が誤嚥性肺炎で亡くなります。両親の介護中、「早く死んでくれれば」という思い、亡くなって「ホッとした」ことなど心の醜さを知らされます。

再び、救いを求めて法話を聞き歩くようになりました。2018年8月に真言宗の僧侶として得度した妹さんと会った際に、自分の地獄行きを心配していること、兄に対しては宝物は自分の近くにある、考えすぎやときつく言われます。

後生の一大事という言葉にひっかかり、PC検索すると、増井悟朗先生のNHK「こころの時代」が出てきて、伊藤康善先生の『仏敵』が紹介され、早速、取り寄せて読んでみます。

ある日、自宅でステーキが出され、食べようとした瞬間、殺される牛の身を引き裂かれる痛みを感じました。自分は前世で牛であったと思い知らされ、とても食べれません。翌日には奥さんの機嫌を損ねてはと、泣く泣く食べて、地獄行き間違いなしと知らされます。

「華光誌」に載っていた華光大会に思い切って申し込みます。最初の法話後の座談では大人数で話ができなかったので、次の座談では少人数のところに行きます。毛利真之先生と1対1の座談となりました。

まず、自分の思いをぶつけます。その時の毛利先生のお導きがスゴイです。「捨てもの、拾いもの」と小さな声でつぶやき、合掌して「お願いだから私に助けさしてくれ! 必ず救う!」と頭を下げられます。その姿に法蔵菩薩のご苦労を感じ、暗い心、疑いの心がスッカリなくなってしまいました。地獄の底で阿弥陀様は待っていて下さいました。

その後、9ヶ月後の今にいたるまで法悦に包まれています。あまりの有り難さに地下鉄の中で大きな声で念仏を称えていたら、気がつくと半径五メートル、誰もいないこともあったそうです。

朝の勤行は十二礼、正信偈で15分、夜は大経、小経、東方偈、願生偈を1時間かけて、毎日お勤めをしているとのことです。慶びが湧いてきてしょうがない里さんです。

2019年10月

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